お久しぶりです!関です。
二年目の京都の夏は去年ほど猛暑ではなくホッとしました。
皆さん!ご存知でしょうか?
11月29日からNHKで「坂の上の雲」が放映されます。内容は一言で言えば(日露戦争の話です。)原作は僕の大好きな作家の司馬遼太郎です。
全六巻とう言う大作をどの様に映像表現するのか個人的に凄く楽しみにしています。
さて、何故この「坂の上の雲」なのかというと、当館の南禅寺交差点の向かい側には日露戦争に深く係わりのある明治の元老山縣有朋の別荘無鄰庵があります。
そのほかにも、山縣も自ら指揮したとも言われる素晴らしい庭園が鑑賞できます。
山縣が七代目植治(小川治兵衛)に作らせたもので、東山を借景とし明るい芝生に琵琶湖疏水を引き込み浅い流れを配した池泉廻遊式庭園です。紅葉の季節は素晴らしい様ですよ。
出勤の時にはいつも横を通るのになかなか行けませんでしたが….。NHKで坂の上の雲が放送されるので訪問してきました。
「無鄰菴」と名付けられた山縣邸は三つあり、最初の無鄰菴は山縣の郷里、長州・下関の草庵です。名前の由来はこの草菴に隣家がない事によるそうです。
第二の無鄰庵は、京都の木屋町二条に購入した別邸、そして第三の無鄰菴が京都・南禅寺参道前に造営した別邸で、「無鄰菴会議」の舞台ともなった場所である。
無鄰庵会議とは、敷地ないに洋館があります。この洋館2階の間は、しばしば要人との会見に用いられたようで日露戦争開戦前の1903年(明治36年)4月21日にはここでいわゆる「無鄰菴会議」が行われ、その時の出席者は元老山縣有朋、政友会総裁伊藤博文、総理大臣桂太郎、外務大臣小村寿太郎です。 少し「無鄰菴会議」についてを調べてみました。
当時、ロシアは強硬な南下政策をとっており、満州のみならず北朝鮮でも勢力の拡大を進めていて、 桂は、ロシアの満州における権利は認めても、朝鮮における日本の権利はロシアの認めさせることを貫くために対露戦争も辞さないという態度で対露交渉にあたるために、この方針への同意を伊藤と山縣から取り付つようとした会議の様です。
この部屋で日本とロシアとの戦争の引き金になる会議が行われたと思うと異様な雰囲気がしました。しかし以外に狭かったです。
そしてこちらが無燐庵の有名な池泉廻遊式庭園です。二手の川が流れていて水の流れる音が心地よかったです。
当館も七代目植治(小川治兵衛)作の琵琶湖疎水を引いた近代式庭園です。
ゆっくり庭を鑑賞して思ったのですが、敷地の前には仁王門通りが通っているのですが随分静かでした。
そしてあと2ヶ月もすれば、この無燐庵のもみじ達も紅葉してきて綺麗でしょうね!
もしかしたら、来年は「坂の上の雲」ブームが起こるかもしれません。
無燐庵も沢山の観光客の人達で賑うのかもしれません。名前の如く静かな明治の元老の別荘にお邪魔したらいかがでしょうか?
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